初代 津田 左右吉
明治2年4月21日の明治の御一新の頃に、金沢市下新町の金谷宗次郎の長男として生まれる。もともとは茶人であり書画をたしなむ趣味人として知られ、明治時代後期に水引を始めた。金谷家は屋号を金津屋とし、金沢の武家相手の札差(藩政時代の米穀商と金融業を兼ねた倉庫業者)を本業にし、質屋をも兼業する商家であった。母は登茂といい、金沢市南町の竹中甚助(前田家能役者)の三女。この頃、男児1人の場合は徴兵免除の特典があるため、子供のいない金沢市十間町の津田左登の養嗣子として入籍し現在の津田となった。 |
二代目 津田 梅
明治40年11月17日、津田左右吉の次女として生まれた。美川町の歯医者に嫁いだが十年で夫に死別し、娘をつれて実家(十間町)に戻った。その後、病気の父(津田左右吉)の面倒を見ながら結納水引細工の跡を継いだ。 |
三代目 津田 剛八郎・千枝
津田剛八郎 昭和3年8月8日生まれ。津田千枝 昭和9年2月17日生まれ。二代目津田梅の後に続いた津田水引折型の三代目は、梅さんの一人娘である千枝と夫の剛八郎さん。野町に店を構えた。 |